手に入れるにはその手を伸ばすしかない。
そんなことは。
とうに解っている。
「貴方は」
ため息が耳元で聞こえる。
今日も私の勝ちだ。
手は出さない。
声も出さない。
ただその視線で。
誰もいなくなった執務室で、ただ彼を親の敵(かたき)であるかのように睨みつけて。
ため息は降服の証。
椅子に座ったままの私の頭を抱えるように腕を回した彼はその証を私の耳に突きつける。
「今日は何ですか」
「自分で考えろ」
「貴方の思考回路は凡人の俺には複雑すぎてもう解りやしませんよ」
子供ではないと言っていても聞かない彼の手は私の髪の毛を優しく撫ぜ梳り。
少なくとも彼より子供では有り得ない私はその行為に安堵の微笑を浮かべる。
彼には見えない腕の中で。
私は手を伸ばさない。
声など出しはしない。
項を存外柔らかい優しい指先で弄られようと、吐息が頬を掠め唇を振るわせようと。
「一体何がしたいんですか、あんたは」
「何も」
「そうでしたね。貴方は何もしないんだ」
手を差し伸べるのは彼。
声を掛けるのは彼。
触れるのも縋るのも捉まるのも彼なのだから。
私は一歩も動きもせず。
ただ。
彼の手を取ることもせず。
「そうやってあんたは黙っていればいいんです」
「言われんでも、そう、している」
「あんたの目は、うるさい」
覆われる。
暖かい手のひらに。
閉じる目すら自分の意思ではない。
手に入れるためにその手を伸ばすしかない。
そんなことはとうに解っている。
負けるのはいつも彼。
手を伸ばし私を必要とするのは彼。
だから。
これは依存などではない。
「目は口ほどにものを言うって言葉は、きっとあんたみたいな人のためにあるんでしょうね」
【依存】他のものにたよって成立・存在すること。ある事物の存在・性質が、他の事物の存在・性質によって規定される関係。
END
This Edition : 200210142215
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