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領域確保  


どちらかと言うと正反対のイメージが付きまとう彼だったが。
単に散らかっている、のとは趣が違う。
いや、散らかってはいるのだが、整然と散らかっているとでも言うのだろうか。
机から床から広げられた書類に資料。
それら全ての場所が彼の頭にインプットされているに違いない。
足の踏み場がないわけではない。
むしろ踏むわけにもいかないから飛び石のように足場は確保されている。
これがまた本人は散らかしている気ではないこととの証明のような気もするが。
物事には限度ってもんがある。




「・・・こりゃまた素晴らしい部屋で」
いろいろな意味で敬遠されている彼の部屋に訪れるのが自分だけなのが心底良かったと思うのがこんな時だ。
イメージダウンなど彼にとっては微塵のダメージを与えまいが、夢は壊さないほうが彼もここで過ごしやすい。
だがドアが開く1cmを残して広げられた資料はそれでも俺を排除しようとしているわけではないと言うのが伺えるので俺は遠慮なく部屋に上がりこむ。
彼一人しか開かないドアだったなら、きっと彼は必要最小限の幅を残して全て紙の束で埋め尽くしていただろう。
「文句があるのなら出て行きたまえ」
振り向きもせずに彼は言う。
士官学校随一の秀才と名高い彼がここまで熱心に何を調べているのかは知らないが、これは確実にオーバーワークだ。
「いつかぶっ倒れるぞ」
「気にしてもらわなくても結構だ。日に3時間の睡眠は課している」
その日はいいがその後の効率が著しく落ちる、と言うのが持論らしいがそれでも有事ではない今、その時間は少なすぎるだろう。
俺は彼の歩幅に合わせた紙中の空白に踏み込み、すでにここしか居場所のなくなったベッドの上に移動する。
「今日は何の用だ?」
一瞬だけ振り向いた彼は俺に視線を合わせることなく、手にしていた資料と床の冊子とを入れ替えた。
下らぬ用ならすぐ追い出す。そう意思表示され、俺は最近蓄え始めた髭を二・三度撫でた。
見るとベッドの上も2/3くらい書類で埋め尽くされ、これでは決して小さいとは言えない彼は小さく丸まってでしか休むことは出来ないだろう。その姿も想像するにかわいらしいと言えないこともないが、身体には決してよくはない。
「今日はお前にとっても必要な情報を持ってきてやったぜ」
「・・・」
ここでやっと彼は俺に視線を向けた。
手を止め、椅子を回して俺のにやけた顔に盛大に眉を顰める。
「・・・何だ?」
それでも聞く気はあるらしく俺に次を促した。
俺はこれ見よがしにゆっくりと尻ポケットに入れてあった手帳を取り出す。
開いてページを確認して、この距離では見えない彼に掲げた。
「ほれ」
「・・・何が書かれている」
「そっちに行ってやってもいいが、踏むぞ」
ベッドから彼のいる机に行くには少々足場が少なく、普通に歩くと確実に書類が被害にあう。
彼は溜息をつくと、座りっぱなしで固まった身体を伸ばしながら器用にベッドまでの道のりを飛び越えてきた。
最後の一歩を軽やかに飛んで、彼は俺の掲げた手帳を覗き込む。
「カレンダー?」
「そ」
俺は前かがみの彼の腕を掴んで思い切り自分へと引いた。
抵抗を見せなかったのは眼下に広がる資料のせいか。腕の中に収まっても先に足元を気にしている。
「知ってっか?世の中は春休み真っ最中だ」
「それがどうした」
「休みってのは身体を休ませるもんだって知らないお前にわざわざ俺が教えに来てやったんだよ」
あとは文句が聞こえる前に口を塞ぐ。
しばらくぶりの感触はお互いを無口にさせた。
いや、彼は抵抗を見せていたが、俺が足でわざとらしく紙を踏んづける音を聞かせてやると大人しくせざるを得ないと言うところか。
「心優しい友を持って幸せだろ?」
「ぬかせ」
ベッドに膝をかけた彼のほうが視線が高く、彼は笑ってやった俺を冷ややかに見下ろす。
「この体勢でシてみるか?二人が転がるにはこのベッドは手狭だろ?」
「お前が座っているだけなら十分だ・・・っん」
どうせ鍵は閉めなくとも彼のもとに訪れる奴はいない。
シャツの下から手を忍び込ませて背骨の辺りを撫ぜてやると、この感覚に弱い彼は途端に俺にしがみ付いてくる。
「暴れんなよ。俺の一寸後ろはすぐに紙の山だ」
「・・・っぬかせっ・・・」
それでも悪態をつくのを止めない彼の首筋に、俺は音を立てて吸い付いた。




どちらかと言うと正反対のイメージが付きまとう彼だったが。
単に散らかっている、のとは趣が違う。
いや、散らかってはいるのだが、整然と散らかっているとでも言うのだろうか。
机から床から広げられた書類に資料。
それでも次からはとりあえずベッドだけは十分な広さが確保されていることに、俺は彼に気付かぬよう笑ったのだった。




END
This Edition : 200304200002





昨日までの私の部屋がまさにその状態(笑)。

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