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メモ  


「うがー!!」
執務室に敵襲かと間違われる程の衝撃が響く。
だが一緒に聞こえてきた雄叫び・・・もとい叫び声は、恒例の事だと皆に認識させた。
「はっはっは。何を怒っている?鋼の」
怒りに肩を震わせているエドワード・エルリックに比べて、それに対するロイ・マスタング大佐はあまりに軽やかだ。
傾いた机に向かったまま組んだ足の上に両の肘を付いて顎の下へ、机を指差して軽く肩を竦める。
「鋼の。これを壊すのは何度目かね?そろそろ学習したまえ」
「・・・わーってるよ!!」
それこそ何度と無く繰り返された会話は、机やテーブル、時にはソファに鏡に書類棚に壁にドアなど、いろいろなものに割り振られる。
そのたびに、エドは歯噛みしながらもお得意の錬金術を披露し、国家所有物の弁償等と言う悲惨な事態を免れているのだ。
「・・・帰る!行くぞ!アル!」
「兄さん!いいの?!」
大佐は笑ったまま、他の面々も既に当たり前のものとしてそれを見送る。
アルフォンス・エルリックだけが、その鋼の身体を器用に動かし、兄と大佐を交互に見やった。
それでもドアすら壊れんばかりに開いて行ってしまった兄を追おうと一礼し。
踵を返そうとするあたりで呼び止められるのも、若き国家錬金術師の知らないいつものことなのだ。
「持って行きなさい。きっと役に立つ」
渡されるのはいつも同じものとは限らない。
ぶ厚い書類のときもあれば、今回のように一枚の紙っ切れのこともある。
本人の前で開くのも憚られ、廊下の奥から聞こえる怒鳴り声に呼ばれるように、もう一度礼をすると図体に似合わぬ足取りで駆け出した。
「大佐も『鋼の』がお好きですね」
そんな声が閉める直前のドアから聞こえてきたのはあるいは聞かせるためだったのかもしれない。



「アル!何やってんだよ!」
短気な兄に急かされて、アルは慌てて階段を駆け下りながら、もらったメモをちらりと開いた。
アルには見慣れた大佐の文字で、デートのスケジュールが書かれている。
これを見ると益々大佐には頭が上がらなくなってしまう。
大佐を毛嫌いするエドには決して言えないのだけど。
文面どおりに取るならただの嫌味でしかないそれは、兄弟にとって重大な意味を持つ。
「さーて、結局いつもんことになったし、どこに行くかなぁ」
「そう言えばさっき廊下で誰かが話しているのを耳に挟んだんだけど」
エドだってどんなに嫌がろうとも、この方面に来たら必ず此処に寄るのだから、もしかして気付いているのかもしれない。
それでも若干の思惑を持って、アルは事実を少しだけ捻じ曲げる。
「ここから北にある研究所に、高名な錬金術師の資料が発見されたって」
「なにー!よっしゃ!よく聞いてたなー、アル!」
「僕は兄さんみたく猪突猛進じゃないからね」
「なにをー!」
途端始まる追いかけっこの進路は北だ。
走っていける距離ではなくとも、途中で手段を考えればいい。
こうしているのがいつまでもいいとは言えないけど。
アルは感謝しながら、メモを。
握りつぶした。




END
This Edition : 200304230205





いつもとはちょっとだけ毛色の違う感じで。
エルリック兄弟はやっぱり難しいです。触れたくない聖域?(笑)

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