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年末進行。  


「・・・ったく、しんじらんねぇ」
俺はいらいらしながら、それでも席を立つわけにも行かずに低く呟いた。
今乗ってる飛行機が、到着まであと十数分というところで、事故だかなんだか知らないが引き返すと言う。
こんなことならスーパーシートでも取ってれば良かったなんてどうでもよく。
機内の中で酒なんて売り始めやがったから酔っ払いはうるさいし、帰省ラッシュのせいかガキは騒ぎ出すし。
この調子だったら全便引き返すことになるだろうから、明日はかなり混んでいるに違いない。
本当に帰れるのか疑わしいことばかりだ。
・・・。
・・・・・・。
くそっ!どうすんだよ!
絶対あいつは来てるぞ?来んなって言っても来てるような奴だ。
こんなことなら乗る便を教えるんじゃなかったと後悔しても後の祭。
連絡しようにも今は飛行機の中で。かろうじて公衆電話はついているらしいがそれはテレカ専用で、ここ最近は携帯ばかり使っていたから、テレカなんて持ち合わせているわけもなく。もしあったとしても、電話番号は携帯のメモリの中。
八方塞な状態に、俺はやはりいらいらと椅子のふちを叩く。
飛行機が飛ぶのに30分は遅れ、あと少しってところだから、それから引き返すとなると同じ時間がかかる。
そうなるとその間ずっと奴を待たせることになるわけで。
「っくしょう・・・」
後からどんな嫌味を言われることか。
嫌味なんて言う奴じゃないが、こんなことで弱みを作っちまうなんて。
やれ。思い出せ。せめて携帯の番号さえ頭に出てくればなんとかなる。
なんでメモリ機能なんてついてんだよ。なんで飛行機の中で電源も入れちゃいけないんだよ。
全てコンピュータ任せの現代社会に責任転嫁しながら、それでも俺は何個か候補をひねり出す。
確か、こんな番号だったはず。
それを手帳にメモって、今度はスチュワーデスさんを捕まえる。
今はスチュワーデスって呼ばないなんて関係ない。
「すいません。テレカってないですか」
「えーと、すみませーん。機内で販売はしてないんですよ〜」
・・・妙にフレンドリーなねーさんだ。気に障る。
俺が不機嫌モードまっしぐらなのが解ったのか、本当にすまなそうに俺の顔を覗きこみ、そしてどうやら俺を知っていたらしい。軽く息を呑み、慌てて辺りを見まわす。
「あ、あの、誰か機内乗務員が持っているかもしれませんので聞いてまいりますね」
「お願いします」
いつもだったらうざったい反応も、こんな時ばかりは感謝しながらその言葉を信じてみる。
するとすぐに、真っ白なテレカをそっと差し出された。
「機長が使っていないのを持っておりましたので〜・・・1000円になるんですけど」
「いいっす。お願いします」
ぼったくられた訳でもあるまいしそのくらい構わないから財布を引っ張り出して1000円手渡す。
公衆電話の場所を聞いて席を立つと、ねーちゃんはそっと俺に話しかけてきた。
「もうオフなんですか?」
「えぇ、まぁ」
「応援してますので、頑張ってくださいね」
いや、出来れば俺はあんたたちにがんばってもらいたかったんだけど。
喉まで出かかった言葉を飲みこむと、スチュワーデスのねーちゃんは他の客に呼ばれていってしまった。
俺はさっさと公衆電話のところまで行き、先に使っていたオヤジを睨みながら待ち。
そして、やっと空いた電話の前で料金を確認。
6.9秒で50円・・・。信じられねぇ。
これじゃあもし思い出した番号が違ってたらすぐにカードはなくなっちまう。
頼むから合っててくれよ!俺の記憶力!!
0,9,0・・・
これで留守電にでもなったら笑えないと思ったが、とりあえずは通じたようだ。
コール音が何度か鳴って、電話は通話を示すランプがつく。
「もしもし?」
一応違った奴が出た時のために声を低めに呼んでみる。
『誰だ?』
・・・よーし!よくやった俺の脳みそ!!1発OK!
「俺。テメェ今どこにいる?」
『お前こそどこだ?』
あー聞こえづらい。なんかすぐに飛び飛びになる。
「飛行機ん中。なんか空港に入れないらしくって引き返すってよ」
『・・・そうか。では、俺も帰る』
やっぱり空港だったか。これで文句を言われなくてすむ。
「だからテメェはくんなって言っただろ」
『俺がどこにいようとお前には関係ない』
「あーそうでしょうとも。だったら俺がどうしようと関係ないんだな」
『・・・そういうことになるな』
そうじゃない。
俺が言いたいのはそうじゃない。
わざわざこんな真似までして電話をかけたのは。
「・・・わりぃ。こんな日に。明日には絶対帰るから」
『・・・・・・待っているからは』
プツッ
電話が切れる。本当に減りが早い。
それでも言いたいことは言った。
これはもうしかたがねぇから、あとは明日意地でも帰るだけだから。
俺は大きくため息をついて、帰るすべを確認しようと、さっきの俺を知るスチュワーデスを捕まえることにした。
明日、12/31には、絶対に帰らなきゃいけないと心に決めて。





END

This Edition : 200112302230








2001年の年末に本当にあったお話。
飛行機が戻ってくれやがりました。
このとき買ったテレカは記念にとってあります。

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