[BACK]



つきかげ。  


何がしたい?っていつものように不破に聞いたら。
月が見たい、っていつもじゃない返事が返ってきた。
不破はいつ聞いたって「特に思い付かない」って一言で、それでも俺はまるでそれが挨拶の一部のように尋ねてみていて。
だからといっていつものような返事が来ないからって怒る訳はない。
不破からの珍しい要望。
だからどんな事をしたって叶えてあげたかった。




「降りて歩くぞ?」
不破の後ろからの声に返事をする余裕はなくて、俺は首だけを横に振った。
高校に入ってから寮にこっそり置いておいた自転車で、俺達は山の上を目指していた。
不破を後ろに乗っけて、俺は前でチャリを必死に漕いで。
いくらいつも足腰を鍛えているからって、やっぱり二人乗り@舗装されていない山道、は辛い。
でも一度決めたらやり遂げる、って俺は決めているから。
そうじゃなくっちゃ俺の言葉はどんどん軽くなっていってしまう。
不破の願い事を叶えたいんだ、って言った俺が、不破の中で軽くなるのはどうしても許せなかった。
自転車を使ったのは俺の意地。
不破自身が、じゃなくって俺の手で(正確には足だけど)連れていってやりたかった。
何度か来たことのある道。
ゴールは近く。
あとひとふんばり!
「……つ、ついた……」
ようやっと足を止めて、俺は深く息をはいた。
小さな丘のような山だけど、それでも周りの建物よりは高い。
拓けた頂上には、確実に月明かりが降り注いでいる。
「……」
肩で息をしている俺を放って、不破は木々のない辺りまで歩いて行く。
そんな処が不破だよな、って苦笑しながら、俺は自転車を邪魔にならない所に止めた。
「月、見える?」
下のコンビニで買ったお菓子や飲み物を持って、俺はぼーっと上を見上げる不破に尋ねる。
「……」
返事はないから、俺も不破と同じ視界を追った。
「……あれ?」
月が、欠けてる。
今日は満月だって聞いたのに。
俺が疑問に思っていたら、それに気付いたのか、不破がぽそりと呟いた。
「皆既月食だ」
「カイキゲッショク?」
漢字変換不可能な俺の頭は、カタカナ表記で言葉を拾う。
まぁ不破のいつもの解説が始まるだろうと待っていたら、いつまで経っても不破は何も言わなかった。
「……不破?」
不破は月を見ている。
見とれているって言ってもいいんだろうか?
じっと一点を凝視したまま、動かない。
…なんだろう。
なんだか。
「……おい。何の真似だ」
気付いたら俺は不破をぎゅっと抱きしめていた。
せっかく不破のお願い事を叶えたのに。
せっかく不破と二人きりで空を見上げているのに。
「月が、きれいだったから」
なんだか、とっても悔しかった。
「とにかく。この体勢ではお前が月を見られないだろう」
何にも解っていない不破は、俺がどうして抱き付いたのか考えてもみないようで。
でも言える訳ない。
月に、嫉妬したなんて。
「……」
離れない俺に、不破は軽く溜息をついた。
顔を俺に向けて、じっと俺を見る。
もっときつくきつく抱きしめようと思ったら、不破は絶妙なタイミングで俺の腕から滑り出た。
そして俺の腕を掴んで、きょろきょろと辺りを見回すと、古ぼけたベンチを発見して俺を引っ張っていく。
ベンチの周りを確認して、不破は一言。
「座れ」
「なんでだよ」
「いいから」
そんな不破の言葉に渋々と従う俺。
ベンチの面が汚れていないのを確認しながら腰掛けようとして、不破に違うと止められた。
「その下だ」
「……」
指を差された地面の上に、俺はやけになって足を投げ出して座りこんだ。
一体何だって言うんだ?
見上げて、逆光になる不破の乏しい表情から真意を読み取ろうとして。
不破が、俺の前に座るさまをただ眺めてしまった。
俺の足の間に体を置いて、俺に背を預けるように。
少しだけ下にずれて、不破は俺の肩に頭を寄せた。
「これで、二人とも見られるだろう」
だから抱き付くのであればこの体勢にしろ。
そう言われて、俺に反論があるはずもなかった。
不破の脇の下から腕を回して。
ちょっと暑いけどそれは不破も同じだからそれは我慢。
「…きれいだね」
「そうだな」
俺の手の上に不破の手が重ねられて。
こういう視界の共有なら、俺も月を許してられるかも。
不破の肩口に顔を埋めながら、俺はそっと微笑んだ。

のに。

「この現象が起こるのはもう当分ないことなのだから、きちんと見ておけ」
不破のもう片方の手で俺の頭は上向きに戻されて。
いつまであるのって聞いたら、夜中の1時近くまでは、って返事だった。
俺、さっきまでチャリ漕いで疲れたし、思わず途中で眠くなるかも……。
もうすぐ完全に隠れてしまうらしい月を睨みながら、俺は始まった不破の講釈を聞いていた。

案の定うとうとし始めて。

それでも最後に付け加えられた不破の「礼を言う」って言葉は聞き逃さなかった自分を誉めてやろうと思う。





END

This Edition : 200007170234









実際の皆既月食の日に書きました。

[BACK]