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灰色の水曜日。  


「毎週水曜日にな!」
藤代が不破にそう言ったのはそう遠くはない先日。
知り合ってからまだそんなに時が経っている訳でもないが、藤代の知る中の不破は、興味のあるものにはとことん突き詰めるが、関係の無いもの、興味の無いものに関しては完全に切り捨てる。
現在の彼の興味はサッカーに集中しているようだが、その一角に自分が食い込んでいるとは到底思えない。
桜上水には不破の相手の出来るフィールダーもいれば、アドバイスを与えられる元GKもいるのだ。
そんな、ともすれば自分のことなどすぐに忘れられてしまいかねない状況で、どうにか次の約束にこぎつけたかった。
記憶に残るようにするには、定期的に会うのが一番だからだ。
だから、水曜日は比較的に早く練習が終わると聞いた時、出てきたのは「練習帰りに会おう」という言葉。
そして、何故藤代がそんなことを言い出すのか、理解できていないような顔付きで眉を顰める不破を半ば無理矢理頷かせた。
こうなっては意地でも毎週会いに行ってやると心に誓ったというのに。










(俺、なにやってんだろ・・・)
藤代は足をぶらぶらさせながら、机の上に置かれた補講プリントに溜息をついた。
水曜日は週の中日ということで、武蔵森でも練習は軽目で終わることが多い。
今日もその日のはずで、汗の始末もおざなりに慌てて学校を飛び出ようとして、学年主任の先生に捕まったのだった。
用件は「試合や遠征で遅れがちの勉強の補講」。
なにかと要領のいい藤代は、決して成績が悪い訳ではないが、どうしても日数的に足りなくなる教科が出てくる可能性がある。
私立である武蔵森では、部活動関連の欠課は、出席の代わりとして時間のある時に補講を受けることで補うという特例を設けている。
そしてその補講が行なわれる時は水曜日であることを藤代はすっかり失念していたのだ。
せめて今日は用事があるからと必死に先生に頼み込んだが、あれよあれよという間に教室に放り込まれてしまった。
机上の人となった藤代は、課題を早く終わらせなきゃと焦る一方で、不破に会いに行くのを阻んだプリントになど集中できる訳も無く、ただ補講の時間が過ぎるのを待つのみだった。
「藤代、問6終わったか?」
同じクラスのバレー部員が、さっきからまったく手の動いていない藤代のプリントを覗きこんだ。
「・・・おいおい、いーのか?そろそろ先生来るぞ」
「ん〜、いーの。全っ然解んねぇんだから」
終盤の問6どころか手慣らし問題の問1すら埋まっていない藤代にクラスメイトはため息をついた。
実際考えて見ればすぐに解る問題ではあったのだが、いかんせん頭が考えることを拒否している。どうせ解けないのならやる気がないも解らないも同じことだろう。
藤代は大きくあくびをして時計を見た。桜上水が練習を終える時間はとうに過ぎている。不破もとっくに帰ってしまっているに違いない。
(何やってんだろな・・・)
もしかしたら、最近仲良くなりつつあるらしい他の部員とどこかに寄っているかもしれない。
それとも早くあがったのをいいことに家でゆっくりしているとか。
(俺が来なかったのに清々していたりして)
まだ何週かしか経っていないが自分が会いに行っていたことを疎ましく思っていたとしたら。
それとも、自分が会いに行くこと自体、まったくもって忘れられてたりして。
考えれば考えるほどドツボにはまっていく思考にどうしようもなく哀しくなっていく。
やがて教師がやってきて、1問も解けていない藤代の答案に怒りの色を見せていたが、ひたすら落ち込みの様子を見せる藤代に、とうとうため息をついて「明日までの課題」と宣言したのだった。










(俺、なぁにやってんだろ・・・)
藤代は人気の少なくなった廊下をがっくり肩を落としながら歩いていた。
まったく自分らしくない。
「悩むだけののーみそを持ち合わせていないんじゃないか」とどっかの指令塔にからかわれるほど、いつもの自分はのーてんきかつ楽天的であると言うのに。
不破が絡むと途端にこうだ。
好きで好きでしょうがなくて、どんどん悪い方向に考えて。
勝手に落ち込んで、でも不破に会えればすぐに吹っ飛んで。
「あ〜会いたいっっ!!」
このへこみにへこんだ気持ちを浮上させるには、意地でも不破に会うしかない。
そう決意した藤代は(ここら辺が能天気だと言われる故だと気付いてはいない)、前に一度聞いたことのあるうろ覚えの不破の家に押しかけようと走り出した。
2段飛びで階段を駆け降り、靴の踵だけは踏まないように履き替える。
正門までの並木道をダッシュで通り過ぎ、大きな構えの門を曲がろうとして。
「遅かったな」
ダッシュの勢いを殺す方法をもう少し憶えなきゃ駄目だな、と藤代は改めて思った。
「・・・不破ぁ?!」
1メートルほど置いてきてしまった校門の前には、間違う事無き不破が文庫を片手に立っていた。
「ど、どうしたの?!誰?誰待ってるの?!何か用事??」
慌てて藤代は立ち戻り、文庫をしまう不破に矢継ぎ早に尋ねる。
そんな藤代を不破がじ〜っと眺めると、息を詰まらせたように藤代は黙り込んだ。
そして何も言わない不破に、ぽつりともらす。
「・・・・・・誰か呼んできて欲しいんだったら、聞いてやるけど?」
「・・・約束、だろう?」
不破もぽつりと、呟いた。
「毎週水曜日にお前と会うと、約束したのだろう?」
藤代が何を言い出したのか解らないというように、不破は首を傾げて言葉を続ける。
「・・・・・・えーと、つまり、不破は俺に会いに来てくれたってコト?」
「違ったのか?藤代」
藤代は慌てて首を振った。
「うぅん!違わない!約束だもんな!」
毎週水曜日。
藤代が勝手に言い出したことではあったけれど。
「不破っ!!俺激ウレシイ!!!」
「・・・?約束とは守るものではないのか?」
不思議そうな不破の腕を取って、藤代は意気揚々と歩き出す。
(何やってんだろ!俺!)
不破だって自分に会いたくない訳ではないのだ。
会いたくなければ、もっととっくに断ってるはずだろうに。
「せっかく武蔵森の近くに来たんだからさ。ここら辺の穴場とか、教えてやるよ」
「穴場?」
「そっ♪ゲーセンとかレアスナック置いてるコンビニとか」
藤代はくるりと振り向いて、不破にお得意の笑みを大放出する。










そんな藤代が門限ギリギリまで不破を連れ回して、幸せのうちに布団に潜り、次の日、補講の教師から逃げ回ったのは想像に難くない。










END

This Edition : 200009181648











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