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いとしのはぴぃでいず 1  


「・・・ふぇっくしゅっ!」
「きたねーなー、ほれティッシュ」
「ず、ずまん・・・」
これで何度目のくしゃみだろうか、名門武蔵森サッカー部キャプテン渋沢克郎は
三上から受け取ったティッシュでぐすぐすと鼻をすすっていた。
既に3箱分のティッシュはゴミと化し、
何処から持ってきたのか火気厳禁のはずの寮の自室に電気ストーブを持ち込んで、寒そうに体を丸めてている。
「すぽーつまん(笑)は自己管理が出来ないと駄目なんじゃなかったのか?」
三上はそんな渋沢に冷たく言い放った。
「だからすまんと言っているだろう。まさかこんなにしつこい風邪とは思わなかった…ふぁ…っゲフッ!」
くしゃみを無理矢理止めようと口を押さえ代わりにむせ返っている渋沢を見かね、
三上が呆れたように背中を摩ってやる。
「お前自分の立場と体質考えて行動しろよな。大体・・・」
そこへ、ドタドタという足音と共に飛び込んできたのは。
「キャプテーンっ!あったかいお茶と毛布の追加、持ってきました〜っ!」
「悪いな、藤代」
ポットと毛布を両脇に抱えた藤代は、「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん♪」などと口ずさみながら首を振る。
「ま、仕方がないですよ。キャプテン、薬飲めないって言うんですから」
そう。薬を飲めばすぐにも治る風邪なはずなのだ。しかしそれを渋沢の体質が受け付けなかった。
人にそれぞれ苦手なものというのが少なからず存在する中で、
渋沢の薬物アレルギーは極度といっても過言ではない。
この事を知らなかったサッカー部員達が以前微熱気味だった渋沢に無理矢理飲ませ、
そのアレルギーの所為で部活どころか学校すら1週間休んでしまった経歴が渋沢にはあるのだ。
症状はまたひどく、熱・咳は元より胃炎・吐き気・下痢(失礼)・湿疹・肌荒れ・吹き出物…と、
その時の惨状を知る者は、どんなに重度の風邪であっても渋沢に風邪薬を飲ませようとは決して思わないだろう。
「一体、何やってたんですか?最近は『風邪気味だから』ってあれだけ重装備だったじゃないですか」
毛布を手渡しながらの藤代の問いに、渋沢は気まずそうに首を竦めて笑った。
そうしてふと振り向いてぶち当たったのは三上の凍えるような視線。
「大方、誰かさんと戯れてたんじゃないのか?こないだは雪も振ってたことだし、それはもういいムードだったんだろうよ」
「えー!!キャプテン!ひどいっ!また抜け駆けだっっ!」
反論どころか、決して熱の所為だけではなく顔を赤くさせた渋沢に、藤代は唇を尖らせて抗議する。
「ずるいなぁ。俺なんて電話くらいしか最近してないのに」
「…してるんだったらいいだろ」
ぽそりと呟いた渋沢の言葉はあえなく消去される。
きゃんきゃんと耳元で「い〜な〜」攻撃を続ける藤代に、渋沢は救いのものを求めて視線をさ迷わせた。
もちろん助けてくれるはずもない三上を通り越して見えたのは壁に掛けられた時計の針。
「・・・あ、そろそろ練習の時間だ。行くぞ」
これ幸いと毛布を脱ぎ捨て渋沢が立ち上がる。ふらりとよろめいて、慌てて三上と藤代に支えられた。
「馬鹿、こんなんで練習なんてできるかよ」
「そーですよっ!今日くらいゆっくり休んでくださいって!」
何だかんだ言っても結局渋沢が心配なのか、2人はそろえて反対の声を上げる。
だが渋沢は断固練習に出ると言い張った。
「今日から1週間監督もコーチもいないからな。そんな初日にキャプテンの俺までいない訳にはいかないだろう?」
そうして折れるのは、やはり渋沢には弱い2人のほうで。
「ぶっ倒れてもしらねーからな…」
「駄目だって思ったら言ってくださいね!俺保健室まで運びますから!」
大きなため息と決死の宣言を、渋沢は嬉しそうに聞いていた。



「あ、キャプテン!風邪の方大丈夫なんですか?」
「まだ顔赤くありません?」
グラウンドに出てきた渋沢を見て、サッカー部員達は心配そうに走り寄ってきた。
「大丈夫。練習には差し支えないよ」
さっきまであれほどフラフラだったのが嘘のような渋沢の笑顔。
鼻の頭がかみ過ぎで赤くなっているのが愛敬という所か。
「じゃあ始めるか…」
「あれ?不破じゃん!」
名門武蔵森の広いグラウンドにおいて特殊なレーダーでも搭載しているのか、
右前方かなり奥に不破を見付け、藤代がぽろりと口を滑らせた。
そして、藤代が対不破用センサーならば、渋沢は不破専用加速装置といったところだろうか。
「その場に待機」の言葉もおざなりに、猛スピードで駆けていく。
呆然とする2軍以下のメンバーは放っておいて、好奇心旺盛に追いかけて行ったレギュラー達。
何と言っても少なからず因縁のある人物の不破と我らがキャプテンの動向だ。
それにいつもならばせめて練習内容を打ち出してから行動に出るはずなのに、今日のあの急ぎ様と言ったら。
(熱のせいで自制心が解け出ちまったか、とは三上談だったりする)
「不破くん!どうしたの?」
風邪で体力が落ちているのが露になりながらも渋沢は精一杯の笑顔で不破に対した。
不破はゆったりとした黒のダッフルコートにマフラーを巻き、両手をポケットに突っ込んで渋沢の顔をじ〜っと眺める。
「・・・不破くん?」
あまりに視線が動かない不破に、多少むずがゆい気分になった渋沢が、もう一度恐る恐る名前を呼んだ。
すると、不破が唐突に話し出す。
「練習はまだなのか?」
「うん。これから始めようかってところだけど」
「そうか」
不破は一人頷くと、ポケットから左手だけを引っ張り出した。
おもむろに、自分より少しだけ身長の高い渋沢の襟首を掴み・・・。
ごんっっ
思いっきり頭突き・・・もとい、額同志を突き合わせる。
(もちろん今回血は出ていない)
硬直する渋沢と気にした様子もない不破。そしてそれを見守る部員達。端から見ればかなり謎な光景である。
ただ一人「いいなぁ・・・キャプテン」と呟いたのはいわずと知れたエースストライカー。
「・・・ふむ」
未だ固まったままの渋沢を突き放し、不破の左手はそのまま自らの顎にあてがわれる。
「その顔の火照り、まだ運動のしていない状態での発熱、荒い呼吸に首筋からでも解るほどの動悸。
確かに一般に風邪と言われる諸症状だな」
「そりゃ風邪のせいだけじゃねーだろ・・・」
そんな言葉が三上の口から溜息と共に漏れた。
「・・・おい、渋沢」
「え、あ、何?不破くん」
「手を出せ」
名を呼ばれやっと我に返った渋沢に、不破はどこからか取り出した大きめの紙袋をポスリと手渡す。
背景の部員達に過ぎるいや〜な予感。こういうシチュエーションの時に大抵出てくるものは、どうしたってひとつしか考えられない。
「・・・何かな?」
部員達は固唾を飲んで見守り、渋沢も引きつった笑みを浮かべて、最悪の事態を先延ばししようとする。
そして不破はというと。
「その風邪はあの時のせいか?」
「え?」
視線は動かさず、だが先程までとは確実に違う色合いの声。
「思えばお前は何度か咳をしていたな。藤代もお前が風邪気味だと電話で言っていたし(ちなみにここで藤代、三上に殴られる)」
「いや、あの」
ふと伏せられる瞼。次に上げられたときはどこか落ち着かない様子で。
ぽそり、と。
「・・・すまなかった」



・・・・・・落ちた。



これは誰の心の声だったろうか?



武蔵森サッカー部が何かと渋沢に弱い以上に、渋沢が不破に「甘い・弱い・敵わない」のは周知の事実。
どんなに悪足掻こうとしてもどうにもならないことはきっと本人が一番知っている。
「あ、ありがとう。大事にするよ」
「服用薬は飲んでこそ効果があるものだと思うが」
「・・・うん、そうだよね。じゃあ、ありがたく、飲ませてもらう、よ」
いっそ涙が誘われるほどの爽やかな笑顔に、
武蔵森サッカー部は後一週間の基礎練習を余儀なくされる覚悟を決めたのだった。





余談のその後。
「・・・そうか。それで、渋沢の様態は?」
『え、あぁ、ははは・・・』
藤代の乾いた笑いを受話器越しに聞きながら、不破は一人首を傾げた。
あれほど各症状に対応した薬を持って行ったのにまだ治っていないのだろうか。
「ふむ・・・」
『もしも〜し、不破ぁ・・・頼むからあんまり考えないでよ〜』
「やはり市販の薬は不特定多数を対象にしてあるだけあって万人に効くものでもない、か」
なるほど、と頷く不破を察してか、藤代の声は益々情けなくなる一方。
『不破ぁ〜頼むって〜〜っっ』
「今度は俺が調合してみるとしよう」
それが犯罪になるかどうかは置いておいたとして。
『あぁぁぁぁっ!絶対飲む!飲んじゃうよ〜っっ!!』
「藤代、煩い」
藤代の絶叫と不破の自己納得の中、渋沢の地獄のような幸せは続く、かもしれない。


FIN
This Edition : 200001072017











渋沢先輩にそんな事実はございません(笑)。
・・・ごめん、渋沢先輩。

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