帰りを待つ





まるでグラスランナーとドワーフを足して割ったような少年は、今日も彼の帰りを待っていた。
家の手伝いが待ち遠しくなったのはいつからだろう。




背は小さく丸い体、よく言えば愛嬌のある、悪く言ってしまえば頓狂な顔。
大人しい性格が災いしてか、いつのまにか付けられたあだ名は「合いの子」だった。
冗談のつもりかも知れないが、その言葉の意味に否定的なものしか見出せない少年は苦悩した。
からかわれて笑われて。
宿屋を営んでいる父親に無理矢理手伝いに立たされても、冒険者たちはこぞって笑う。
無理に自分も笑って嫌悪に陥るのはいつものことだった。
それがある日。
「よう、合いの…おっと、当分はこれも禁句か」
宿の1階にある酒場で常連だった戦士は、遅れて手伝いにやってきた少年を掴まえようとし、確実にわざとと解る口調で大声を出して少年を戸惑わせた。
「こんにちは。…何かあるんですか?」
そう呼ばれなくなるのは嬉しいこととは言え、戦士のそれは今までの非礼に気付いたからではない。
おどおどと尋ねる少年に、戦士はこれ見よがしに耳打ちした。
「本物がいるんだと」
「ほんもの?」
「そう!本物の混血がよ!」
突然声を大きくされて少年は目を白黒させる。
辺りの客全員に聞こえたようだ。
戦士が指差した席に視線は集まる。
少年からは後姿しか見えなかったが、確かに耳の先は尖っているようで。
周りの空気を意に介した風は無くエールを呷っている。
こんな雰囲気はまずいのではないかと少年は慌てて店主である父親に助けを求めようとしたが、父親もあまり良い顔はしないまま肩を竦めているだけだった。
ここで少年はやはり思い知らされる。
「合いの子」が決して好意の込められた呼ばれ方ではないことを。
泣きそうになって、戦士に一礼すると少年は奥に引っ込もうとする。
だがそれは父親に止められた。
「おい、あいつの注文取って来てくれ」
「え、えぇえ?!」
「何言ってんだ、元々お前の仕事だろ」
「だ、だってあのお客さん!」
「今日から一ヶ月ここにいるってよ。別に混血だからって取って食いやしねぇよ。いいから行って来い」
顔色を変えて懇願しても父親には聞き入れられず、少年はまたカウンターの表にたたき出された。
汗が体中から出てくるのが解る。
それでも何とか混血の座るテーブルに行こうとにじり寄っている滑稽な姿に周りから笑いが ── 無論暖かいものではなかった ── もれた。
完全に近付くことは出来なくて、少年は少し離れたところから声を掛ける。
「あ、あの、そこのそこのっエール飲んでるるお客さんっ!ちちちゅうも…ひゃあっ!!」
声を掛けられたのだから振り向くのも当たり前と言えばそうなのだが、顔を上げられて、少年は思わず飛び上がりそして尻餅をついた。
途端湧き上がる大爆笑の渦に、少年は益々怯えることになり立ち上がれない。
混血はそんな少年を冷ややかに、いや一切の感情を切り離した表情で見下ろした。
「だーはははっ!いいぞいいぞ!お前たち合いの子同士なんだから仲良くしろよ!」
常連の野次が飛ぶ。
赤くなったり青くなったり少年は忙しく顔色を変えながら、なんとか此処を逃げられないか、そんなことばかり考えていた。
少年の見た混血は、思った通り冷たく怖く、恐ろしいものでしかなく。
開かれそうになった口で、骨まで噛み砕かれるのではないかと。
そんな絶望まで浮かべた。
少年に。
「お前が混血なのか?」
思いのほか落ち着いた声が掛けられた。
それが目の前の混血から出た言葉だなんて、少年は最初理解できずに何度も目を瞬かせる。
「同胞の血は見受けられないが…。聞いているのか?」
「はい!あの、それは、その」
飲まれるような威圧感と反した声。
少年はしどろもどろになりながら、自分が合いの子と呼ばれる由来を話す。
ひとつ粗相をしただけでも、叩き壊されるような印象がいまだ少年を支配していて、いつもは怯える周りの笑いすら気に掛からない。
「…な、なので、…あの」
「…ふむ。そうか、実際に血が混ざっているのではないのだな」
言い終えても少年の予想した反応は返ってこなかった。
何かに納得したように肯いて、混血は話を打ち切り。
「果物とバケットを頼む」
「え?あの…」
「注文を取りに来たのだろう?」
違うのか?と首を傾げれて、少年は慌てて立ち上がった。
「は!はい!かしこまりましたー!!」
きつく言われている復唱もせず、少年は逃げるようにカウンターへと駆けて行く。
心臓が痛かった。
でもそれは、いつもの痛みとは何かが違うような気がした。



父親も従業員もあまり混血とは話をしたがらないため、あの時以来どうしても少年が混血の用聞きに行くことが多くなった。
まだ怖々ではあるけれど、少年が臆することはなくなってきた。
注文を取って、料理を持って行って、少しだけ会話もするようになった。
話す内容は至って単純なものでしかなかったが、混血の威圧感もなくなることはなかったが。
聞いたことは必ず返ってくる。少年には解り難い返答が多かったとしても。
彼が冒険に出て行くのを見送るのが、少し寂しくなったのは少年の事実で。
酒場のテーブルで二人話しているとからかわれることも多かったが、それで少年が胸を痛めることも少なくなった。
混血は笑わなかった。
笑わなかったが。それが。
「よう、合いの子。さっきお前の仲良しさんが歩いてたぜ」
空いたテーブルを拭いていたらいつぞやかの常連の戦士が少年の頭を軽く叩いた。
いつのまにかそう括られていることが純粋に嬉しい。
今回も無事に帰って来たのが嬉しい。
少年は待ちきれなくなって、父親の罵声も聞き流して表に出た。
低い背で一生懸命辺りを見回す。
どこにいても目立つ混血は、少年でもすぐに見つけられる。
「あ!お、お帰りなさい!」
精一杯腕を伸ばして手を振ると、ほんの少しだけ足を速めてくれるような気がして。
「お疲れさまでした!不破さん!」
「野呂」
挨拶も何も無い会話でも、少年はこんなに嬉しくなるのだ。




END
This Edition : 200306101732




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