宿





この街に来たのも久しぶりだ。
戦士は変わらぬ街並みに知らず安堵の息を洩らしながら、しばしの拠点になるであろう宿を探す。
戦士は冒険者の多いこの街でおいても一際存在感をかもし出していた。
冒険者として必需品である厚手のマントからは肉体を垣間見ることは出来ないが、それでもその大柄とも言える背丈は見る者を圧倒する。
少々くすんだ観のある金髪は短く刈られ、その上からは大きな布で額と側頭部とを覆っていた。
そしてマントからも覗く、背中に負われた大振りの剣。
通常よりは奇妙な形の柄を持ったその剣は、グラスランナーを縦に刺したとしても優に余るほどの刃渡りだ。
見る者が見ればそれは強力な威力を誇るツヴァイハンダーだと言うことはその柄で解るだろう。
畏怖すら感じる視線を受けながら、戦士は辺りを見回し、思い立ったように足を西へ向けた。
以前来た時に世話になった宿があるならそこが適当だろうと判断したからだ。
質も程よく宿主は大きく干渉しない。酒場の料理もまずまずだった。
いつでも盛況で明るい雰囲気は拠点にするには丁度いいだろう。
空いていることを祈りながら戦士は大きな木に形取られた白黒の看板の下をくぐった。
「いらっしゃい」
漆黒と白銀の森亭の亭主はさすが慣れているのか戦士に臆せずカウンターから陽気に声を掛けた。
「とりあえず2週間ほど部屋を借りたい」
「お客さん、見かけないね。この街は初めてかい。この宿を選ぶとはいい目をしてる」
「そんなところだ」
覚えていないのならそれに越したことは無い。戦士はそれを否定せず曖昧に答えた。
「部屋は空いてるよ。荷物を置く前に1杯飲んできな。一見さんには俺からお近づきの杯(さかずき)を振舞うことにしてるんだ」
亭主は空いているカウンターの席を指差し言った。戦士に断る理由も無く促されて席につく。
すぐに差し出された杯には少々戦士には甘めかもしれない酒が注がれていた。
せっかくだからと戦士は久しぶりの酒場の様子を観察する。
テーブル席はほとんど冒険者たちで埋め尽くされている。注文と品出しに走り回っている娘は見るからに大変そうだ。酒場は冒険者たちの休息の場であり重要な情報交換の場でもある。
カウンターに座る少年は情報屋か、耳聡くパーティの会話を拾おうとしているのが微笑ましい。
やはりこの宿屋に決めたのは正解だったと戦士が思ったときだった。
「何しやがる!」
近くのテーブルで、怒鳴り声が聞こえた。
それぞれが雑談に盛り上がっていた店内が一気にそのテーブルの周辺に集中する。
「べっつに、何もしてないじゃん」
喧嘩もひとつの交流だ。亭主も店が壊されない限りは止めようとはしない。
怒りのためか顔に血を上らせて立ち上がったのは、橙の髪を後ろに束ねた青年だった。
軽装だがそれなりに鍛えているのが解る。
それに答えるように大げさに両手を振ったのは、もうひとつのテーブルの客。
まだ少年の域を出ない、だが確実に鍛えられた身体は一見して戦士であることが見て取れた。
一触即発の様子の二人に、そのテーブルについていた同じパーティであろうあとの二人も止める気配は見せなかった。その表情を見ると少なくとも面白がっている様子はない。
「俺の背中を蹴ったのはてめぇだろ!!」
「だから何もしてないってば」
そう言いながらこれ見よがしに足を組み直すのは、挑発している証拠だ。
立ち上がった青年が少年の戦士を掴みかかろうとするのを、少年の同席の一人が止める。
「ふぅん、テメェは後ろに目でもついてんのかよ。こいつが蹴ったって証拠でもあるわけ?」
少年より幾分細い印象のある男は術師だろうか。優雅に青年の前に出された手は決して騒動自体を止めようとしているものではない。
それどころか口元に浮かんだ笑みは彼が少なくとも上機嫌ではないことを如実に表わしている。
「けっ、半端もんを半端だって言って何が悪いんだよ」
「だからそれが悪いって言ってるだろ」
「テメェもこりねぇ奴だな」
その言葉に、傍観していた戦士は密かに眉を寄せた。
混血…ハーフエルフに偏見は持たないが。
やはり未だその存在は人間の中において異端であるのも承知はしていたが。
「あんな得体の知れない半端もん、気持ち悪いんだよ」
周りの反応はさまざまだ。
少しは不快そうにするものもいるが、大半は苦笑い、それどころか明らかな嘲笑を浮かべるものもいる。
戦士は自分の知る混血もこのような中傷を受けているのか思い馳せた。
もっとも彼ならば周りの辛言を聞き入れることもないだろうが。
「お前たちだって本当はそう思ってんだろ?混血なんて気味悪いもん忌々しいだけだ…」
ダンッ
大きな音が周りの反応に気を良くした青年の言葉を遮った。
青年を非難していたパーティの最後の一人だ。
固められた握り拳がテーブルの中央に置かれていた。
「いい加減にしないか」
声は落ち着いてはいたが、低く圧力が込められている。青年に怯えの色が見えた。
これで勝敗は決まったようなものだ。
「お前たちも挑発するな」
「俺は悪くないっすよ」
「右に同じ」
悪びれた様子もなく手を振る戦士と肩を竦める術師。
溜息ののち、どうやら神職に就いているらしい姿の男が立ち上がった。
剣は腰から下げているから神官戦士というところか。
「な、なんだよ」
一歩たじろぐ青年に、彼は手を差し出す。
「挑発したこっちの非礼は詫びよう」
そして無理矢理青年の手を握った。
「いっ…?!」
男は平然とした顔をしているが、よほどの力を込めているのだろう、青年は顔色を変える。
「だが君も気をつけてくれ。くれぐれも挑発せざるを得ない状況を作らないように。な?」
「わっ!解ったから!手!手を離せって!駄目になったらどうするんだ!」
「こっちが謝ったんだから、そっちはどうするんだ?」
「悪かった!悪かったから!!離せ!」
「良かった。これで両成敗だな」
途端笑って手を上げた男に、ギャラリーと化した客が沸いた。
青年はそれこそ忌々しげに何かを呟いていたが、逃げるように酒場を出て行った。
騒動が終了してすぐ、通常の雰囲気に戻りつつあるのは、このような騒動が日常であることを示している。
冒険者は喧嘩っ早い方がいい、とは言ったものだがそれはここでも通用するらしく。
何事もなかったようにテーブルに座り、3人で乾杯をしているパーティに、カウンターで見守っていた少年が寄っていく。
「なぁ、あんたたちが言ってるのってもしかして水色の桜亭にいる奴のこと?」
「知ってんの?」
「あんたたちのこの間、有名だもん。俺じゃなくっても知ってるさ」
「げ…まじかよ…」
「参ったな…」
ようやく亭主からの最初の1杯を空けた戦士は荷物を手に立ち上がった。
「お客さんの部屋は上の一番奥だからな」
亭主が目ざとくそれを見つけ声を掛ける。
「亭主、あれは?」
戦士の問いを正確に読み取って、亭主は口角を上に歪める。
「うちの頼もしい常連よ。あんたの部屋の二つ隣りだ」
「あの4人に俺と同じものをやってくれ」
「あいよ」
戦士はそれを見届けず、金をカウンタに置くと階段に足を向ける。
やはりこの宿屋を選んだのは正解だったと、戦士は少しだけ、口元を緩めた。





END
This Edition : 200306130212




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