路地裏の住人・2





目に付くようになったのはパーティの一人が構うようになってから。



今日も路地裏で佇む猫を見かけて渋沢は知らず微笑んだ。
人の行き交う通りのほんの奥。
取り残されたように静けさがあるその場所で、綺麗な黒毛を携えた猫は観察するかのような視線を投げかけていた。
飼い猫かもしれないし、野良なのかも知れないが、渋沢は藤代と違って手を出そうとは思わなかった。
人には人の、猫には猫の領域がある。
触れようとするのはその領域を狭める行為だと感じるからだ。

だから遠巻きに、それをそれとして認めながら。

猫と視線があった気になったとしても、それでとどめておく。

「なんやぁ?猫?」
「シゲ」

後ろから声を掛けられ、だが半ば予想していた声に渋沢はゆっくりと振り向いた。
今日はパーティから離れ、彼と待ち合わせをしていたからだ。
人ごみを器用にすり抜けて、寄って来たシゲは渋沢と猫とを見比べる。
「旦那の?」
「違うよ」
シゲも本気で聞いたわけではないだろうが、渋沢は苦笑しながら否定した。
「動物は飼わないことにしている」
「ふぅん。さよか」
「ところで今日の話なんだが・・・」
そこで渋沢は一旦言葉を切った。
ここは細いながらに人通りが多い。
聞かれて困るほどの重要な内容でもないだろうが、出来ることなら人目につかないほうがいい。
渋沢とシゲの組み合わせでは悪目立ちしているのは、周りの視線ですぐに解った。
神官戦士の装いの渋沢はこの街では程よく尊敬を受け、そこにハーフエルフが合わされば少々違った注目を受ける。
本人は気にしていないかもしれないが、シゲとていたずらに好奇の目を浴びたいと思わないだろう。
渋沢は少しの間思案し、すぐの路地裏、猫のいる場所を借りることにした。

すぐに逃げることかと思ったのだが、猫はそのまま二人が奥に進むのを見送って、入り口を見張るかのようにうずくまった。

「頭のえぇ猫やなぁ」
「藤代が気に入っているんだ」

出来れば逃げて欲しかった。
これでは踏み込みたくない領域に入ってしまった自分たちに非を感じてしまう。

もっともこの状況を藤代辺りが見たらとてつもなく羨ましがるのだろうが。

「ほな今日のお話といきましょか」
「すまないな」
「こればっかりはしゃーないやんな」

猫だけが観客の中、路地裏での会合が始まる。
一回一回は決して長いものではないが、実は頻繁に行なわれているこの往来をパーティの二人は知らない。
教える必要もないと思う。
その者の領域を侵食するような真似はして欲しくない。

認めるだけでいい。理解はいらない。
そこにいる猫のように、遠巻きに眺めることで自己の領域を確保すればいい。

渋沢は浮かんだ考えに自嘲した。

「・・・ってな感じや」
「そうか、ありがとう。いつも悪いな」

シゲは今日の用件を終えて懐から出した羊皮紙を渋沢に渡す。
「参考資料やて。礼はあっちに言ったって」
「解った」
「ほんま難儀やなぁ、旦那も」
渋沢は笑う。
バツの悪さでも感じたのか、シゲはわざとらしく伸びをすると、まだ足元より少し離れたところでうずくまった黒猫に手を伸ばそうとした。
「ほーれ来い来い」
「やめておいたほうがいい」
「ん?旦那は猫は嫌いなん?」
「いいや?好きだよ」
でも、と渋沢は続ける。

「猫の領域に干渉するのもされるのも得意じゃないんだ」
「・・・ほんま、難儀やなぁ」

もう一度、渋沢は声もなく笑った。







「・・・うそ・・・!どうしてだよ!!?」
藤代の押し詰められた叫びにも似た声に、渋沢はそっと瞼を落とした。
猫に何が起こったのかは解らない。
可愛い猫だった。それゆえ人の目をひきつけていたのか。

誰かが領域を越えた結果がそこにあった。

やはりそれは得意ではない。

せめてはかなく去った命が穏やかであるよう、渋沢はマイリーへ祈りを捧げた。




END
This Edition : 200309040326





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