手を伸ばす朝





街の中と違って、ここの朝はとてつもなく早い。
起こしてくれるのは鳥の鳴き声。
そして遠くに響く木を切り倒す音。

「・・・また!」

彼は慌てて飛び起きる。
何度も何度も心に誓って床に就くのに、未だ達成されたことがない。
時を知らせる鐘の音はここまで届くことはないけれど、自分がそんな決意をしているのを知っているんじゃないかと疑いたくなるくらい、低く響く木を打つ音は日に日に早くなっている気がする。

ならばせめてもうひとつの誓い事は守ろうと、実はまだ寝ぼけている頭を奮い立たせて彼は寝台を転がるように起き出した。




ここの朝の支度は簡単だ。
街の人が定期的に届けてくれるバケットと豆を煮たものと果物と温めた牛の乳と、毎朝鶏に感謝しながら隣りの小屋から分けてもらう卵が2個と。
時々肉の燻製が加わるけど、今日の食卓には上がりそうもない。
代わり映えのしないものであっても、少しでもおいしく食べてもらえるように彼は摘んできた花も飾る。

卵を焼くのは待ち人が帰ってきてからにして、彼はこれも毎朝の日課である朝の祈祷を捧げ始めた。

故合って今は教会を離れてはいるものの、神の声はまだ彼にも届く。
ならば感謝を捧げるのは彼の役割であるし、祈祷ついでにあの人の一日の無事を願うのも当然のことだ。

「今日も一日、僕の手に触れる全ての人々が幸せでありますよう」

まだまだ力の少ない神官が世界人類の平和を祈るのは、少々おこがましいのではないかと思うから。
ささやかだけど自分の届く人々に、今の生活では実はただひとりの人に向けて祈りを捧げる。

こうやって世界の全員が祈っていたら、争いなんて起こらないんじゃないかとまで思っているのに。

邪道だ、と言われたのはいつの儀式のときだっただろう。

教会を離れることになった原因とはちょっと違うはず。

どんな理由であっても、すべて巡り合わせの元であるのだから、それらについて恨み言なんて言うつもりはないけど。

「変わらぬ一日が過ごせることを感謝致します」

祈りはいつものようにそこで終わり、あわせたかのように外へと続くドアが開いた。

彼の待ち人は、手を組んだままの彼を一瞥して手を洗うためにキッチンへと向かう。
彼も青年を追って、テーブルに置いておいた卵を取って隣りに立つ。

「おはようございます、木田さん」
「・・・おはよう」
「卵、今日はどうします?」

残しておいた火種を大きくするために薪をくべて、フライパンを温める。
彼の卵はいつもと変わらず両面を焼いた目玉焼き。
もうひとつだって毎朝聞いていても、結局のところ変わらないのだけど、青年の意向だけは必ず忘れずに問うて。

「ベイクドでいい」
「はーい。じゃあ木田さんは出来るまで向こうで待っててくださいね」

最初は慣れなかった卵の割り方もお手のものだ。
両手に卵を持って器用に殻を割ってパンの両脇に中身を落とす。
途端に広がる香ばしい香りに鼻歌のひとつも出てきそうになって、キッチンの入り口で立ち止まった青年に気付く。
「どうしました?気が変わりました?」
「日高は・・・」
「はい?俺が何か?」
「・・・いや、別にいい。何でもない」
一方的に会話を切って戻ってしまった青年に彼はこっそり笑う。
口数があまり多くない青年だけど、それは面倒がられているわけでもうるさがられているわけでもないのはもう解っている。
単に口下手なんだろう、その青年が何かを話そうとしてくれるだけで十分だった。

奇妙な縁で一緒に生活するようになったけど。

これだって巡り合わせの元だから、精一杯感謝を捧げなければ。

彼は卵を皿に移して、脇に豆をよそう。
零さないように慎重に移動して、手持ち無沙汰ながら彼を待っていてくれる青年に笑いかけた。

「さ、いただきましょう」
「そうだな」
「・・・と、忘れてた」
「何だ?」

席につく前に彼は青年の肩を一回だけ、触れるように叩く。

「じゃあ改めて、一日の糧を得られることに感謝しながら」

食事の前の祈りも捧げて。
青年は一緒にはしようとしないけど、彼が唱え終わるのを待っていて。

「今日も一日、幸せでありますよう」

先ほど捧げた祈りも聞き入れられるよう願いながら。





彼らの一日は始まる。






END
This Edition : 200309190341





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