| 不足 |
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何が足りないんだろう。 地図を広げる二人を背に、俺はぼーっと眼下に広がる景色を眺めていた。 二人はこれからのルートを検討中。それに俺は手を出さない。 手を出せない、と言うべきか。 自分が方向音痴なわけでもないんだけど、こういうことは二人に任せておいたほうがいい。 俺が意見を言おうとしたところで、二人にかかったらすぐに看破されてしまうだけだ。 信用していないわけじゃない。信用されていないわけでもないと思うから、この状況にも文句はない。 二人は、俺がやっと見つけた信じていい奴らだから。 自分が信じた奴らにケチをつける気なんて毛頭ないだけの話。 だから二人が地図とにらめっこしている間の俺の役目は安全とは言えないこの辺りの警戒。 もっとも何かを見つけたからといって声をかけなきゃ後でこっぴどく叱られるんだけど。 信用されてないわけじゃないけど過保護だと思う二人に、ちょっとだけ不満があるとするならその部分だ。 俺一人で片をつけられると思っても、実際片をつけられたとしても。 危ないからって理由はきっと冒険者に掛けられるべき言葉じゃない。 今だって探しているのは安全で、それでいて最短で街まで辿り着ける道のりだ。 安全って一体どういう意味だろう。 ここから見降ろす景色には目的の街の影だって見える。 冒険者たるもの、少しの危険を伴ったとしても、それは訓練のひとつとして捉えてもいいはずだろうに。 そんなルートを探すのはきっと俺のためなんだと思うとちょっと溜息だって出てくるってものだ。 何が足りないんだろう。二人に俺を認めさせるのに。 ・・・もちろん、そんなことは言わないけど。 それでも不満は態度に出て、俺は足元の草を何度も蹴り上げながら二人を待っていた。 と。 そこに。 俺は耳を澄ました。二人は気付いていない。 音がする。今手持ち無沙汰に歩いている俺以外の足音が。 ほんの些細な音でも、拾ってしまえばそれは警戒の対象になる。 近づかなければいい。そう思いながら俺の手は腰の剣の柄にかかる。 季節は春だ。もう餌を無理に人間に定める必要はないはず。 だからこのまま遠ざかってくれ。 そんな思いは相手には通じなかったようだ。 近づく。 足音。 2匹、いや3匹か。 声をひそめているとは言え気配を消していない俺たちに、向こうはとうに気がついている。 餓えていないのなら、無駄な戦いをしかけようとは思わないで欲しいのに。 姿を現す前に、俺は二人に少しだけ辺りを回ってくると声を掛けて、そちらの方向へ足を向けた。 せめてこっちに。 こっちに来てくれたら。 極限までに隠された相手の殺気は、剣を抜いた俺に向けられた。 「・・・邪魔すんなよ」 通じはしないことを解っていて俺は声を出す。 殺気で返した俺に、唸り声が低く届く。 捉えたのは1匹だけ。あとの2匹は隠れているのか? 薄汚れた暗い毛並みは俺を敵として認めたようだ。 タイミングを計る。向こうも、俺も。 こんな痩せこけた狼ごときに俺が負けるわけないと解っていても。 目を細めた。 歯を食いしばる。 二人の邪魔はさせない。 それを狼は隙と見たのか、一気に俺に飛びかかった。 慌てて剣を持たない篭手でそれをなぎ払う。 少し掠った。でもそれだけだ。血はそこまで出ていない。 次のチャンスを狙おうと狼が飛びのいた。俺だってためらいはしないつもりだ。 なのに。 ビヒュッ――−‐ 俺に気をとられていたからか、俺の後ろから飛んできた弓矢は狼の眉間に綺麗に突き刺さる。 もう一本。今度は足。 「なーにやってんだよ」 キヤゥ 高い鳴き声が最期に聞こえる。 それを見守って。 振り向く前に腕をとられた。 「・・・じっとして」 「でもあと2匹いるんだ」 「何かあったら呼んでって言ったでしょ」 「でも」 小さく回復呪文が聞こえる。こんな傷、大したことないのに。 「あー、大丈夫。あとの2匹はまだ人は襲えねーよ」 俺の前に飛び出して隠れていた2匹を見つけ出す。 出てきたのはきっとまだ一人で獲物を捕らえることも出来ないだろう仔狼。 「どうする?逃がす?」 「どっちでも。・・・腕はもう痛くない?」 「・・・大丈夫」 泣きたくなるような一瞬。 俺の気持ちに連鎖したのか仔狼も悲しげに身を伏せる。 きっと襲ってきた狼は母親だったんだろう。俺になんて引き摺られずに駆け寄ってしまえばいいのに。 「どうする?」 もう一度尋ねられて。こういうときは俺が言うまで二人は動かないから。 「放っておこう」 俺は顔を伏せながら言った。 解る。どうせ2匹は長くは生きていられない。 そんな俺にもう狼たちが視界に入らないよう、すぐ目の前に立たれて。 捕られた腕をそのまま引かれて踵を返させられた。 「放せよ」 「見なくていいよ」 「そうそう。あ、ルート決まったぜ。さっさと行かないと日が落ちちまう」 文句なんて言えないけど。 不満があるとするなら、この過保護。 俺は二人が思うより弱くはないのに。 狼の1匹や2匹殺してもなんとも思わないのに。 なんとも思わないから。 「今日こそは街に着きたいよなー」 「ルートさえ間違えなきゃね」 「わーるかったね。どうせ俺が道に迷いましたよ」 「解ってるなら地図渡してくれる?」 「駄目。これはレンジャーの俺の役目だからな」 「それが不安だから言ってるんでしょ」 「ひっでーなぁ」 二人の会話をただ聞き流す。 何事もなかったように進む二人の真ん中で、俺は静かに息をつく。 弱くはないと思っているのは自分だけなのかもしれないけど。 二人にそれを証明するには何が足りないのか解らなくて。 きっと。 なんとも思わないから。 きっと何かが足りないんだろう。 END This Edition : 200310140442 |
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