真昼間のストレンジャー 2





「そちらから連絡してくれるとは思っていなかったから驚いたな」
通された部屋は、青年の域からも少々はみ出ようかと言う男の、だがそうだとしても十分若くしてこの地位についた幹部の私室のようだった。
華美な装飾もなく、むしろ雑然としたこの部屋は到底客を通す場所ではない。
彼はだがそれを瑣末だと感じたようだった。
気にした様子もなく勧められた椅子に腰掛ける。
「すまんね。飲み物のひとつでも出せばいいんだが生憎置いてなくってな」
「別に構わん」
この私室に客に出すようなお茶など備えてはいない。
それでも男にはもてなそうと言う気はあるらしく、部屋のあちこちを片付けようと右往左往していたが、やがて諦めたように頭を掻きながら椅子に座った。
「で、どうしたんだ?」
「別に。この街に来る直前にお前のことを思い出しただけだ」
「それは光栄だな」
何事にも、それこそ人間関係には特に、淡白な彼の記憶に残っていたのだけでもありがたいことだと男は笑う。
「元気にしてたか」
「ふむ。健康状態は良好だ」
少々的外れの返事にも変化は見られない。
彼にしてみればほんの少しの、男にとってみればそれなりに長い時間の別離も変わるには至らなかったらしい。男は相変わらずだとまた笑った。
「そいつはよかった。しばらくはここにいるんだろう?」
「そのつもりだ」
しばらくはこの街を拠点にすると言う彼の言に男は肯く。
「じゃあ皆にそう伝えておくとするよ」
誰かが表立って何かするとは思わないが、用心に越したことはない。ギルドが後ろについていると解ったほうが彼も仕事をしやすいだろう。
だが彼はその申し出を否定した。
「必要ない。それを目的に来たわけはないからな」
「そうか、解った」
そんな彼にあっさりと男は引き下がる。
ここで押してしまえば彼は二度とここには来なくなるだろう。
深入りせず相手を尊重するのも彼への対応法のひとつだ。
「じゃあ・・・と」
代わりにとばかりに、男は立ち上がり背にしていた机の引き出しに手を伸ばす。
以前渡すと約束していたものがあった。
少し奥で手をさ迷わせるとすぐに手に当たった。いつでも出せるよう保管していたのは正解だったと男は一人ごちながら、服のすそでそれを拭って彼に投げ渡す。
「持って行きなさい」
彼が受け取ったのは小さなメダル。
知らない者にとってはただの薄汚いメダルでも、そこに書かれた盗賊の暗号文字が読める者にとっては絶大な効果をもたらす。
すぐに理解して彼は男を凝視した。
「いいのか」
「約束していただろう?やっと肩の荷が下りた気分だ」
あえて軽く笑ってやると、彼もやがて力を抜いた。
「礼を言おう」
「それには及ばんよ。本当はそれ以外にもいろいろ渡さなきゃならないものもあるんだが、君にはそれだけで十分だと思ってね」
「そうだな」
彼も立ち上がった。
そもそも昔話を懐かしむような間柄でもない。
本当に彼は知己に顔を出した、ただそれだけなのだろう。
彼は迷いなく部屋を出ようとするが。
「あぁ、最後にひとつ」
「?」
「新たなギルドのメンバーと幸運がいつでも共にあるように」
そう言って男は立ち止まった彼に向かってシーフに奉られている神の印を切った。司祭でもない男がしたところで気休めにもならないが、これは儀式のようなものだ。
「まぁ登録自体はそれを作ったときにしているんだがね」
ネタばらしのように男が肩を竦めると、彼は首を傾げてメダルを眺めた。
刻まれた日付はもう何年も前になっている。ちょうど約束を交わしたすぐあとのようだ。
「特に問題はないだろう?認可証がなければ登録も意味がないんだし」
つまり彼は彼の知らない間からすでにギルドの一員になっていたらしい。
それに不満も感慨も生まれなかったのか、彼はただ肯くだけで終わる。
「まぁな。では帰る」
「待て待て」
「何だ?」
今度はなんだと彼はまたも立ち止まった。
「なにか聞いておくことはないか?」
男はようやく本領とばかりに探るように彼を眺めやった。
今はただ顔を出しただけと言っても、男を思い出した要因があるはずだ。
それが仕事や旅の目的に関することならば手助けをしてやりたいし、そうでなくても知っておいて損はない。
彼はそんな男の真意を読む気もないのか、少しだけ遠くを見るように目を細めると首を横に振ろうとして、ふと動きを止めた。
「ではひとつ」
「何なりと」
「今日迎えに来たものの名を」
意外な質問に男は目を丸くした。初めて会っただけで彼の興味を引く何かがあったのだろうか。いや、そうじゃないだろう。きっとその前にも関わる何かがあったはずだ。
だがその疑問をひとつたりと口にはしなかった。
ただ聞かれたことだけを答え、男は何事もなかったのように口元を緩める。
「佐藤だな。了解した」
「シゲ、と皆は呼んでいるがね」
男の養い子は氏名(うじな)で呼ばれることを得意としていない。が、それを言っても彼には通用しないだろう。だから男はひとつだけ確認するように尋ねる。
「気に入れそうか?」
男の問いに彼は一言だけ返した。
「あれはお前によく似ている」
「・・・そいつは困ったな」
今度こそと、苦笑を浮かべた男を置いて彼は部屋を出た。
帰りは送り出す必要はないだろう。一度通った道筋を彼が間違えるとは思えない。
別れの挨拶も不要。
淡白と言ってしまえばそれまでだが、男と彼の関係はそれでいい。
ただ、男が仕組む前に既に出会っていたらしい二人の異端に、そのことでなにかしらの変化が訪れることを。
願いながら、男は彼の前では控えていた煙草にゆっくりと火をつけた。




END
This Edition : 200404081636




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