第八話「モンタージュ」




ゴールキーパー。
馴染みのあるポジションを挙げられて、渋沢は微かに眉間を寄せた。
いくら桜上水のメンバー全員が解らなかったとしても、対戦を望んだ相手なのだから、同じポジションの顔くらい覚えていてもいいはず。

実際に戦ったあの練習試合では藤村…あの時は佐藤だった。
今思えば信じられない配置に、渋沢は舌を巻く思いだった。もしメンバーが足りないからと自分がフィールダーをやれと言われて果たして肯けるか。
改めて藤村の多才さに感じ入りながら、公式戦の桜上水を思い出そうとして……やめる。
今までのことを考えれば、その人物を思い描こうとすると何かしらの抑制が掛かってしまうだろう。
だから遠まわしに、少しずつ。
自分の中の何が足りないのか。
例えば三上が「近藤に話した記憶」のように。
水野が数えた「部員数」のように。
直接触れないように、そっと。

自分が知っているゴールキーパーをただ挙げてみる。

遠くからいけば、例えば中学のとき東北選抜に選ばれた梶原。
それから九州選抜の功刀。
中3のトレセン合宿では試合をしているから彼らのことはよく覚えている。
いや、九州戦では自分は……?
途端霞んでくる思考にとりあえず考えるのをやめる。

考え込み始めた渋沢を、三上と水野は黙ってみていることに決めたようだ。
この二人が一緒にいて珍しく静かな時間が過ぎていく。

近くを考えるなら関東選抜の日高か。
そして、東京選抜で同じポジションを争った、小堤。
中3の頃の選抜では残念ながら怪我で中途離脱を余儀なくされた小堤だが、1年年下の彼とでは年の功か僅かに自分のほうが勝っていたけれど、あの怪我が無ければ選抜と言う場で大きく伸びたはずだ。
怪我は選手にとってつきもののようなものだからそれといかに付き合っていくかは自分も身に染みている。
だからこそ彼を励まして。
そして。

ここで過去の記憶が途切れる。

こんなところにも「彼」が関わっているのか。

遠いのか近いのか解らないのは、彼のことを全て忘れているからで。うっかり地雷を踏んでしまってからそのことに気付く。
それでも、彼がそこにいた証明が覚えていないことで出来たようで。

何故こんなに嬉しいんだろう。

自分は彼にどんな感情を持っていたのか。
何しろ三上曰く自分はしまりのない顔をしていたらしいから。




思わず口元が緩みそうになった渋沢が慌てて手で隠そうとしたとき。

「やったー!見てくださいよっ!」

今まで遅れていた藤代がノックもなしに飛び込んできた。

どこか隔離された世界にいたかのように、一気に現実に戻ってきた意識は彼のことを吹き飛ばしてしまう。
「おっせぇよ!」
「もう俺ったら大手柄!」
さほど待ったわけでもないだろうに、不機嫌そうに噛み付く三上にも藤代はお構い無しだ。
「これこれ!これ見てくださいって!」
そう言って藤代は紙を振り回す。
てっきり貸していた写真かと思った手の中の紙は、もっと大きな薄いものだった。
「何だ?そりゃ」
「ふっふっふ。聞いたら褒めてくださいよー?見える人と見えない人を突き止めて、俺らが写真の奴見えないんだったら描いてもらおうと思ったんですけどなんか直接描くのって難しいらしくって」
あったのは鉛筆で描いただろう、絵。
「まみちゃん捕まえて、見える人の証言とって、モンタージュ描いてもらいました!」
胸を張る藤代に三上はあっさりとしたものだった。
「で、間宮は?」
「お前も来いよって言ったんすけど、なんかこれはこれ以上自分が関わる問題じゃないって言ってどっか行っちゃいました」
「何だそりゃ。つか褒めるんなら間宮だろうがよ」
「ひどっ!思いついたの俺じゃないっすかー!」

間宮が言うことは気になるが、まずは藤代が持ってきた情報を確かめよう。
そう渋沢は意識を整える。

「藤代、見えた人は、もしかしたら皆外部生だったりしないか?」
「あー…言われてみりゃそうっすね。何人かいたけど、皆外から来た奴や先輩だったかな…?あ、3年の先輩は半々くらい」
「そりゃ下の学年なんか全く興味のねぇセンパイだろ。特に目立ってきたのは俺たちが3年の時からだからな」

三上の推測も加えて、益々信憑性は高くなる。
消えていく記憶は、彼を直接見たことのあるのが条件で。
彼が直接関わった記憶だけが消えていく。

「で、藤代。そのモンタージュ、お前はどうだった?」
「あ、いや、なんか一人で見んのも…だから、まみちゃんが描いてるのは見たんだけど完成したのはまだ見てなかったり…」

水野に問われて、少し怯えたように笑う藤代も何かを掴んでいるんだろう。

果たして、これは。
自分たちにどんなものを与えてくれるのか。
記憶か、情報か、それとも忘却か。

頭をつき合わせるように紙を囲んだ4人は、恐る恐る、その絵を捲った。













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