第十一話「探索」




「……もちろん行くよ」
渋沢はあえて深くは答えず、ただ肯くだけに留めた。

時間差があるのかもしれない。
先ほど自分で言った言葉に縋りたいと思った。
自分と二人にどんな違いがあるのかは解らなかったが…。
ここで思い出せないことを言って何になる。
そう、思いたかった。

「じゃあまだ時間もあることだし行ってみますか」
藤代は勢いをつけるように元気よく立ち上がった。
「そう思えば今日の雨ってのはラッキーだったのかもな」
三上も一度大きく伸びをすると、首を回しつつ窓を眺めながら立ち上がる。
「傘取ってから行っから玄関でな」
「そっか。…傘あるかな…」
「またなくしたのかよ」
「なくしてませんよ!ただどこに置いたかなぁってだけで!」
「そういうのをなくしたって言うんだ、バカ」
言いながら二人は渋沢の部屋を出て行く。

「悪かったな、水野。変なことに巻き込んで…」
残された渋沢は、やはり少しの未練があるのかぼんやりとする水野に声を掛ける。
水野は慌てて顔を上げ首を振った。
「いえ、お付き合いできなくてすみません。何かあったら携帯に連絡ください」
「あぁ、その時はよろしく頼むな」
渋沢もバッグから折りたたみの傘を取り出して、水野を促しながら部屋を出る。
鍵を掛けて階段までは一緒に歩けば、二人の会話は少なかった。
「じゃあ、気をつけて」
「ありがとう」
階段に差し掛かり二人の行き先が分かれる時。
「でも渋沢さん……」
「……ん?」
高校に入ってからは先輩としか呼ばれなかった水野に昔の呼び方に渋沢は目を細める。
水野は何か言いたそうに見上げていたが、すぐに俯いた。
「いいえ、何でもないです」
「…そうか」
渋沢はそのまま階段をゆっくりと下りていく。

もしかしたら気付いているのかもしれない。
自分が思い出せないことに。
それでも何も聞かない水野に。
少しだけ、安堵した。





雨は休みなく降り続いている。
歩いていける距離ではあったが、そこまで時間もないので電車を使うことにした。
三人は言葉少なく窓の外に流れる景色を眺めている。
ほんの数駅のことではあるけど、この不思議な現象を考えるには十分な時間だった。

何故桜しか見えなかったのか。
何故記憶にないのか。
彼は一体なんなのか…。

姿はようやく見えるようになった。
渋沢にはやっぱり写真のときのことを思い出すことは出来なかったが、それでも彼がいたことを実感できた。
それが嬉しいはずなのに。
思い出せない自分に不安が過ぎる。
二人はどこまで思い出しているのか。
それを聞くことも出来ないまま。

── 次は 桜上水〜 桜上水駅〜

電車はゆっくりと停車する。
そう言えば彼のいた場所も桜を冠とする地名だったことを今更ながらに思い当たって、それが何かのヒントになればいいと思う。
…思い出すきっかけに。





改札を出て駅前に出れば、しばらく来ていなかったがさして変化があるわけでもなく。
「懐かしいなぁ」
藤代はきょろきょろとしながら傘をさすのも忘れて屋根のあるところから飛び出す。
「最近は来てなかったですもんね。あ、あそこよく佐藤…っと藤村と行ったゲーセン!」
「いいから傘させ、馬鹿」
呆れる三上も気持ちは同じのようで、視線はどこかしこを彷徨っている。
「あまり時間もないぞ。まずどこに行く?」
そう聞けば二人は当たり前のように指を指した。
「やっぱ中学のほうでしょ」
「道すがらまた思い出すもんがあっかもしんねぇしな」
「…そうだな」
チクリと胸を刺す何かを飲み込みながら渋沢は歩き出す。
雨が傘を叩く音が思考を少しだけ遮って。
二人が率先して前を歩いてくれるのに感謝しながら必死に思い出そうと辺りを見回す。

覚えている。
何度も歩いた道だ。
桜上水中学までの道のりは、彼を覚えていなくても知っている場所。

何で思い出せないんだろう。
顔は解ったのに。
それが嬉しかったのに。

「不破…。そう、不破の家って何回か行ったことありましたよね」
「そうだったか?……まぁ、言われてみりゃ…そうか…?」
「皆で、か?」
「うーん…そうだったと…思うんですけど…」

言い出した藤代もどこか曖昧で。
日常でしかなかった事柄をあえて思い出すのは難しいのは解っていても。
渋沢は自分を嫌悪する。

思い出したいのに。
何故彼の記憶は自分の中だけすり抜けるんだろう。

そんなことを考える自分が。

「あー…こっち、か?」
三上がある分かれ道で立ち止まった。
住宅街へ繋がる道。
思い出そうとすればぼやける思考に、渋沢は逆の意味で肯く。
「そう、だな。こっちに何か…」
「見覚えある!そうだ、こっちかも!」
意気揚揚と走っていく藤代の後を二人で追う。
渋沢には覚えがあるという藤代と三上の後をついて行くしかなく。
しっかりしろと叱咤しながら、気付かれないように頭を振る。

覚えていない。
考えられないその道の先に。

「あれ…?ここら辺に…」
「えらく奇怪な家があった…んだよな」

三人は立ち止まる。
藤代と三上には見えているのか、彼の住処だった家の前。
しかしあるのは普通の住宅で。
渋沢は努めて何も考えないようにしながら表札を見る。

そこには。













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