第十三話「さくら」




「川に…行ってみるか」
「まぁ妥当な線だろうな」
思い出したのがそこなのなら、どんな手がかりでも拾い集めたほうがいい。
彼の痕跡の残るところ。
それは家であったり学校であったりはするが、家は見つからなかった、学校は他校生の自分たちが行って深く探れるものではない。
彼と会ったことが記憶の消える条件だとするのなら、学校というところはまさしく「彼を知るところ」だ。ただ行ったところで有意義な話を聞く事は出来ないだろう。



雨は一向に止む気配を見せない。

住宅街から川…近くの河川敷はほど歩くところにある。
駅から約25分。
何故それを知っているのかは疑問だったが、この数字に間違いがないことは解る。
「不破って、そう言えば何かを調べるのって好きでしたよね」
藤代は先ほどからなんとか彼のことを思い出そうとしているのか、何度かそう言ったことを口にした。
「んー…なんか、すごく難しいことを考えてるのかと思えば、知ってて当たり前のことを全然知らなかったり」
「テメェに言われるようじゃ不破も散々だろうぜ」
「ひどっ!」
二人は彼が「不破」であることを認識しながら会話を進める。
自分にはまだ「彼」としか思えないのに。
ただぎこちなく写真に映る彼しか。
思い出せない自分がもどかしかった。

二人と自分は何が違うんだろう。
思い出せるきっかけは?

もう問える状況ではない。
自業自得と解っていても、渋沢は自分がどんな表情をしているのかも解らず、傘が二人との距離を開けてくれることに感謝した。

道は覚えている。
奮い立たせるように先頭を切って歩く。
彼を思い出そうとしなければ、こんなに記憶はクリアなのに。

二人の会話を聞いていたくなくて、渋沢は雨が傘を叩く音に集中する。
聞いて思い出せるのならいくらでも聞くのに、それは遠い話でしかなく。
焦燥感だけが募って。
ただ、雨の音を。



川はその雨を含んで灰褐色に淀んでいるのが遠目からでも解った。
ここがよく連中とつるんでいた河川敷。
橋が見える。川に寄り添うようにあるのは遊歩道だ。
「あ、ここ!昔よく来た!」
「たりめぇだろ。だから来たんじゃねぇか」
濡れた草を滑るように駆け降りれば、比較的大きな橋の下が眺めることが出来る。
そこは日が当たらないため雑草もあまり生えてはいない。
土が見えるそこは、まるでグラウンドのようで。
「あぁ…」
橋げたを見上げる。
薄く汚れていたが微かに線が見える。
見慣れた高さ。ゴールと同じ高さ。
「よく、ここでPK合戦もしましたよね」
「そうそう、出来もしねぇのにキーパーも持ち回りでな」
「……キーパーを出来るのが、俺と藤村と…彼しかいなかったから」
傘は畳まないまま渋沢はその橋げたに近づいた。
ボールが何度もぶつかったんだろう、枠の中が特に汚れていて、かつて遊び騒いだ光景が、彼のいない光景が頭を過ぎる。
「風祭も元気にやってるだろうか」
「あー…うん、この線って風祭がお兄さんに頼んで描いてもらったんでしたっけ」
「ま、無事なんじゃねぇ?」
三上は風祭が倒れた光景をみていない。だからこそあっさりとそんなことを言うが、三上に疎外感はないのかと聞くのは失礼だろう。
根本的に話が違う。実際に知らない三上と、思い出せない自分とでは。

自分に嫌気がさして渋沢は橋の下から空を見上げた。
遠く見える街並みは駅のほうだろうか。
懐かしい場所のはずなのに、何故か最近見たような気がして、渋沢は目を細める。
何か思い出した…?
そう期待すれば、それはすぐに打ち砕かれた。
「あ!ここじゃねぇか!」
「え?」
「写真だよ、写真!後ろに写ってたのってここだろ!」
「そう言えばそうかも!先輩、持って来てます?」
「あ、あぁ…、そりゃあ…」
渋沢は財布に挿んでいた写真を取り出した。
見比べてみれば確かに後ろに写るのはこの街並み。
少し薄暗く見えているのは、この橋の下で撮ったものだろう。
「ここ…だったのか」
「思い出せないのが悔しいなぁ!絶対楽しかったはずなのに!」
「テメェのバカ面みてりゃそんなことすぐ解るっての」
「三上先輩だって大概な顔してんじゃないですか!」
「うっせぇ!」
「ぎゃあ!ヘッドロック禁止!後輩虐待反対!!」
二人は傘も捨て置いて騒ぎ始める。
まるであの時の光景を縮図したかのように。

……あの時?

思い出せないはずの光景をさも知っているかのように考える自分に自嘲しながら、渋沢は少し二人から離れて川の下を眺めようとして。
それには橋の下から出て雨に当たらなければならないはずなのに。

ずっと耳を傾けていた雨の音が聞こえないことに気付く。

雨が止んだのかとも思ったが、眺める川には激しく雨が叩きつけられたまま。

「……え?」
見上げるまでもなかった。
何かが傘から落ちてきた。
雫じゃない。
そんな重いものじゃない。
一瞬雪かとも見紛ったが、この時期に雪なんて降るわけがない。

ふわり、ふわりと。

降って来るのは……。



渋沢は慌てて振り向いた。

二人も呆然と何かを見上げている。

「……今更何が出ても驚かねぇと思ったつもりだったが……」
「………何、これ」



そこにあったのは大きな桜の木。



満開の桜の木の奥には、満開の桜の森。



果たしてそれはなんなのか。



奥があるということは、進むことも出来るのか。



そこから続くということは、引くことだって出来るのか。



「……なんだか泣けてくるくらい、懐かしい気がする……」

藤代のそんな呟きに。



ここが。

そう、だと。















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