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「先に進もう」 渋沢は傘を畳んで放り出した。 きっともう傘はいらない。そんなもの桜の邪魔にしかならない。 うまくいけばここに戻って来れるだろう。禍々しさは感じられないのだから。 「え?」 「マジか…?」 「問題あるか?」 驚く二人に疑問で返す。 「てっきり渋沢先輩なら止めるかな〜って思ったんで」 俺は行く気満々だったんですけど! そう、戸惑いながらも笑ってみせる藤代と。 「ったく、藤代の無鉄砲が感染したんじゃねぇの?」 呆れながらも合わせて傘を畳んで置く三上。 ここまで来たんだ、引く理由は無い。 そしてこれ以上遅れをとるつもりもない。 思い出せないのなら見つければいい。 きっと、彼はここにいる。 確信めいた決意を秘めながら、渋沢は一歩、桜に向かって踏み出した。 どういった仕組みになっているのか、慎重に歩いていたはずなのに、河川敷と桜の境にも気付かぬまま、景色は一変していた。 最初の桜の木を越えたあたりから、次第に薄紅色が濃くなり。 振り向いても既に川は見えなくなっている。 異世界、と言ってもいいのだろうか。 踏みしめる地面はあくまで柔らかく、見上げる空は限りなく透明に近い。 舞い散る桜の花びらはどんなに降り落ちたとしても、その色が褪せることはなく。 だがその薄紅が時折モノクロに変わる。 かと思えばまた色の無い世界は鮮やかな薄紅へ。 現実には有り得ない感覚は少しずつ意識を疲弊させていく。 「当たり前だが携帯は使えねぇな」 三上がポケットから携帯を取り出して電波を確認している。 「なんだか…」 藤代はしきりにあたりを見回していた。 「全然知らないんだけど、なんか知ってるような気になりません?」 「まぁ懐かしいっちゃ懐かしい光景だよな」 「あぁ…」 渋沢は一人じとりとかく汗を拭う。 だが足は止めない。 いるはずの、いて欲しい彼を見つけるために。 風が何度も周りを取り囲んだ。 そのたびに舞い上がる桜のかけらに目を細める。 どれだけ歩いたか。 時間の感覚はとうに狂っていた。 あえて時計を見ようともせず。 ただまっすぐに。 道があっているのかも解らない。 もしかしたら惑うだけなのかもしれなくても。 三人の口数は既に皆無になっていた。 それでも。 桜が舞った。 桜が待っていた。 最後の一吹きとばかりに追い風が間を通りぬけ。 その末路に。 一際大きな桜があった。 そこに佇む姿は。 「…不破…?」 佇む姿は三人の来訪を察知していたのだろう。 ただ片眉を緩く吊り上げただけだった。 |