第十四話「満開の下」-前-




「先に進もう」
渋沢は傘を畳んで放り出した。
きっともう傘はいらない。そんなもの桜の邪魔にしかならない。
うまくいけばここに戻って来れるだろう。禍々しさは感じられないのだから。
「え?」
「マジか…?」
「問題あるか?」
驚く二人に疑問で返す。
「てっきり渋沢先輩なら止めるかな〜って思ったんで」
俺は行く気満々だったんですけど!
そう、戸惑いながらも笑ってみせる藤代と。
「ったく、藤代の無鉄砲が感染したんじゃねぇの?」
呆れながらも合わせて傘を畳んで置く三上。

ここまで来たんだ、引く理由は無い。
そしてこれ以上遅れをとるつもりもない。
思い出せないのなら見つければいい。

きっと、彼はここにいる。

確信めいた決意を秘めながら、渋沢は一歩、桜に向かって踏み出した。





どういった仕組みになっているのか、慎重に歩いていたはずなのに、河川敷と桜の境にも気付かぬまま、景色は一変していた。
最初の桜の木を越えたあたりから、次第に薄紅色が濃くなり。
振り向いても既に川は見えなくなっている。
異世界、と言ってもいいのだろうか。
踏みしめる地面はあくまで柔らかく、見上げる空は限りなく透明に近い。
舞い散る桜の花びらはどんなに降り落ちたとしても、その色が褪せることはなく。
だがその薄紅が時折モノクロに変わる。
かと思えばまた色の無い世界は鮮やかな薄紅へ。
現実には有り得ない感覚は少しずつ意識を疲弊させていく。

「当たり前だが携帯は使えねぇな」
三上がポケットから携帯を取り出して電波を確認している。
「なんだか…」
藤代はしきりにあたりを見回していた。
「全然知らないんだけど、なんか知ってるような気になりません?」
「まぁ懐かしいっちゃ懐かしい光景だよな」
「あぁ…」
渋沢は一人じとりとかく汗を拭う。
だが足は止めない。
いるはずの、いて欲しい彼を見つけるために。
風が何度も周りを取り囲んだ。
そのたびに舞い上がる桜のかけらに目を細める。





どれだけ歩いたか。
時間の感覚はとうに狂っていた。
あえて時計を見ようともせず。
ただまっすぐに。
道があっているのかも解らない。
もしかしたら惑うだけなのかもしれなくても。
三人の口数は既に皆無になっていた。
それでも。

桜が舞った。

桜が待っていた。

最後の一吹きとばかりに追い風が間を通りぬけ。

その末路に。



一際大きな桜があった。



そこに佇む姿は。



「…不破…?」



佇む姿は三人の来訪を察知していたのだろう。
ただ片眉を緩く吊り上げただけだった。











(このページには投票はありません。次のページへお進みください)

[BACK to MENU]


素材提供:空に咲く花 さま