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「ようやく来たか」 彼は詠うように呟いた。 「お前たちが思い出しているのは聞き及んでいたよ」 まるで桜の枝が囀るような声。 これが彼。 そう、渋沢が思ったとき。 「……違う。不破じゃない」 間宮の描いた似顔絵と、写真に見えた姿と同じ彼をみて。 そう言い切る声を渋沢はどこか遠くに聞いていた。 確かに同じ顔。 違うと言われてそうと思えるほど渋沢は彼を思い出していない。 だが彼もそれを認めた。 「私はお前たちの知る者ではない。だがお前たちを知る者ではある」 「なにもんだ…?」 「その問いに答えは必要か?」 彼は口の端を微かに持ち上げる。 「お前たちが探しているのは私ではない。それだけで十分だろう?」 薄く色の無い笑み。 彼は手を軽やかに上げる。 風が、桜のかけらがそれにあわせたように舞い上がった。 「この子たちが噂話をしていたよ。桜がほころび始めていると」 彼の指の動き一つに呼応するかのように桜は舞い踊る。 さわさわと、木々も声を上げる。 この森が、桜が、全てが彼を讃えるように。 「ふむ…」 彼は桜の声に耳を傾けた。 実際には解らないが、そう感じられた。 そして呟かれた、 「毛色の違うものもいるようだが…」 言葉に、渋沢は身を固くする。 「さて、どうする?」 ともすれば楽しんでいるような問いかけに、言葉は出なかった。 二人はどうだろう? やはり、現実とあまりにも掛け離れた彼に動くことが出来ないのか。 それとも次の何かを考えているのか。 言葉は、ない。 「可愛いものだ。今までお前たちは何をみてきた?何を知った?それにお前たちの常識を重ね合わせて、それでもここに辿り着いたのではなかったのか?」 彼は独り詠う。 桜の森の満開の下。 ここでは自分たちが異物であることを痛感させられる。 色に酔い、桜に惑わされるだけのもの。 それは自分が思い出せないからなのか。 自信の持てない自分に、渋沢は。 思い出せないからこそ。 「……彼は、どこです?」 そう問いかけられるのかもしれなかった。 |