第十四話「満開の下」-中-




「ようやく来たか」
彼は詠うように呟いた。
「お前たちが思い出しているのは聞き及んでいたよ」
まるで桜の枝が囀るような声。

これが彼。
そう、渋沢が思ったとき。

「……違う。不破じゃない」

間宮の描いた似顔絵と、写真に見えた姿と同じ彼をみて。
そう言い切る声を渋沢はどこか遠くに聞いていた。
確かに同じ顔。
違うと言われてそうと思えるほど渋沢は彼を思い出していない。

だが彼もそれを認めた。
「私はお前たちの知る者ではない。だがお前たちを知る者ではある」
「なにもんだ…?」
「その問いに答えは必要か?」
彼は口の端を微かに持ち上げる。
「お前たちが探しているのは私ではない。それだけで十分だろう?」
薄く色の無い笑み。
彼は手を軽やかに上げる。
風が、桜のかけらがそれにあわせたように舞い上がった。
「この子たちが噂話をしていたよ。桜がほころび始めていると」
彼の指の動き一つに呼応するかのように桜は舞い踊る。
さわさわと、木々も声を上げる。
この森が、桜が、全てが彼を讃えるように。

「ふむ…」
彼は桜の声に耳を傾けた。
実際には解らないが、そう感じられた。
そして呟かれた、
「毛色の違うものもいるようだが…」
言葉に、渋沢は身を固くする。

「さて、どうする?」

ともすれば楽しんでいるような問いかけに、言葉は出なかった。
二人はどうだろう?
やはり、現実とあまりにも掛け離れた彼に動くことが出来ないのか。
それとも次の何かを考えているのか。

言葉は、ない。

「可愛いものだ。今までお前たちは何をみてきた?何を知った?それにお前たちの常識を重ね合わせて、それでもここに辿り着いたのではなかったのか?」

彼は独り詠う。
桜の森の満開の下。

ここでは自分たちが異物であることを痛感させられる。
色に酔い、桜に惑わされるだけのもの。

それは自分が思い出せないからなのか。

自信の持てない自分に、渋沢は。

思い出せないからこそ。

「……彼は、どこです?」

そう問いかけられるのかもしれなかった。













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素材提供:空に咲く花 さま