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── 彼 ── 彼、とは? ── 彼らの知る彼のこと ── では、彼は ── あれは 桜が一斉に呼応し始めた。 あまりの賑やかさに渋沢は思わず耳を塞ごうとして、やめた。 その行動にきっと意味はない。 まるで心に語りかけるような、まるで自分の心の声のような囁き。 「不破、だ。不破を出せ」 三上が凛と叫ぶ。 ── 不破 ── 不破、とは? ── 彼らの知る彼のこと ── さくらのもりが与えた仮初めの名前 ── では、彼は ── あれは 「不破は不破だよ!俺たちの知ってる、一緒に居た不破!絶対見つけなきゃいけないって!」 藤代は必死に声を絞り出した。 ── 見つけねば ── だれを? ── 彼を? ── さくらのもりに眠る ── あれ、を 彼はゆっくりと裾を振るった。 舞い上がったのは桜のかけら。 一瞬それに視界を奪われ。 次に目に飛び込んできたのは、桜の木々の満開の下の、小さな桜色の水辺だった。 足元も水に浸されている。 桜色に見えたのは、その一面を桜のかけらで覆い尽くされていたから。 冷たくはない。 程よい水温はただ足元をひたしていく。 一歩踏み出せば微かな波紋が波となって辺りに響き渡り。 それを遮るように、中心に、横たわっているのは。 「何事もないよ」 背後から聞こえるのは彼の声か。 「お前たちの思う何事も存在はしない」 水面を揺らすのは自分たちの粟立てる足音ばかりで。 「舞い散るかけらがそこにあることに人は意味を持たぬように」 跳ねる桜の花びらだけが。 「そのひとかけがそこにあったことを忘れる、ただそれだけのこと」 「不破!」 彼、は目覚めなかった。 息を飲み、彼、を見下ろす、人、の元で。 目覚めることなく。 その口はただひとつの名を形作った。
彼の唱えた名前は?ご投票ありがとうございました。 渋沢 藤代 三上 風祭 水野 佐藤 その他 |