第十五話「さざなみ」




し ぶ さ わ

と。

彼、は、そう、形作った。

「……え…?」
意外、と言うのも変な話かもしれない。
今まで起こってきたことは全て想像の、常識の範囲外。
ここで今更驚くのはおかしいとは思っても。

彼のことを思い出せない自分が。
呼ばれることへの。

言うなれば、罪悪感。

「……あぁ、そうか……」
二人のうちどちらの声か。
何かを納得した、響きだった。

「……夢でもみてんのかな……」
藤代が、彼にしては穏やかに、静かに呟いた。
「こっちの気も知らねぇで暢気なもんだ」
三上は少し呆れているようだ。

桜がざわめく。

まるで彼に応えるように。

まるで彼が答えるように。

「桜が綻び始めている」
これは彼の人の声。
「さくらのもりは夢を見ない」
詠うような声。
「ただ綻びる桜に感応しているだけ」

そして。

「思い出せないお前は何を思うかな?」

どこかからかいを含んだ声。

「…え?」
藤代が弾かれたように顔を上げた。慌てて振り向き、だがそこに彼の人がいないことにまた前を向く。
「思い出せないって…誰が?」
「不破が…じゃ、ねぇよな」
三上も訝しげに眉を顰めた。

集まる視線。
二人からだけじゃない。
そこら中にある桜からも責めるように見つめられている気がして。
渋沢は息を飲み込んだ。

ここで正直に答えていいものか。
自分だけが彼を思い出せていない事実を。

だが、それは既に表情で読み取られていたようだ。
藤代が信じられないとでも言うように目を見開く。三上は忌々しげに舌打ちした。
一体自分はどんな顔をしているのか。
情けない表情か、それとも後ろめたさを抱いたものか。
「…なんだよ、そりゃ…」
「……すまん。隠すつもりじゃなかったんだが……」
「そうじゃないでしょ!何でこともあろうにキャプテンが思い出せないんすか!!」
視線と、言葉で責められても。
渋沢には俯く以外の手段が解らない。
思い出せないのは自分のせいなのか、それすらも解らなくて、ここまで彼を追ってきた。
彼は自分を呼んでくれたのに。
やはり彼の声は、目の前にあってもおぼろげなまま。
形作られた唇だけでは、何一つ。

「キャプテンが思い出さなくってどうするんです!不破は…!」
「藤代、やめろ。それはテメェが言っていいもんじゃねぇ」

思い出せ。と、二人が訴える。
思い出せるのならば、思い出してもいいのならば、とっくにそうしている。

「…それでも、どうしても、思い出せないんだ…」

一番憤りたいのは、自分なのに。



「でも!だって!それじゃあ!」
藤代はどう言葉を繋げればいいのか解らないか、ただ悲鳴のような声を上げる。
足元の水がそれにあわせて波立った。
誰かの、藤代の、三上の、渋沢の心を示すかのように。

不思議と彼の周りだけは穏やかなまま。

静かに。

穏やかに。

周りの動揺など漣でしかないと。

心乱す自分たちを諭す。



そんな彼に渋沢は。











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